詳細情報

検索結果一覧

霞ノ関南木戸柵跡

種別都指定 史跡
所在区市町村多摩市
指定年月日昭和36年1月31日
所有者宗教法人 熊野神社
解説文 鎌倉時代の建暦3年(建保元年(1213))に鎌倉街道に設けられた関の柵跡とされています。和田合戦に関連して滅亡した豪族、横山党の残党に備えて設置された軍事的な関所と考えられます。現在の関戸の地名は、関の戸から付けられたもので、関は「霞ノ関」と称されていました。南北朝の終わりごろには軍事柵としての役割を終え、 鶴岡八幡宮や後北条氏の関所(関銭徴収を行なっていた)を経て、天正18年、豊臣秀吉によって北条氏が滅ぼされるとともに廃止されたと考えられます。
 霞ノ関の正確な位置は、古絵図等がないため不明ですが、昭和30年代に熊野神社参道際の土居を発掘したところ、丸柱の痕跡が45cm間隔で16ヶ所確認され、現道をはさんだ乞田川方向の延長上からも発見されました。この柱列は、神社が字「霞ノ関」のはずれにあたることや地形的位置関係から霞ノ関の南側の木戸柵と考えられます。北側の柵列は、現在は暗渠になっている関戸川にそった現観音寺の南側に設けられていたと考えられています。
 現在は、発見された柱穴上に木材を立てて目標としてあります。
所在地多摩市関戸5-35-5
アクセス京王線「聖蹟桜ヶ丘」駅からバス(市役所経由多摩センター駅・永山駅行)「熊野神社」下車徒歩1分
京王相模原線・小田急多摩線「永山」駅からバス(市役所経由聖蹟桜ヶ丘駅行)「熊野神社」下車徒歩1分
公開情報【公開日】通年
【公開時間】9:30~16:00
【料金】なし
注意事項駐車場はありません。
都指定史跡 霞ノ関南木戸柵跡 拡大表示

都指定史跡 霞ノ関南木戸柵跡

このページのトップへ