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小笠原開拓碑

種別都指定 有形文化財(古文書)
所在区市町村小笠原村
指定年月日昭和2年3月
昭和27年4月1日 都史跡「小笠原新治碑・開拓碑」
昭和30年3月28日 都旧跡
昭和53年3月16日 都旧跡を分割し有形民俗文化財へ種別変更
昭和56年3月12日 種別変更
員数1基
所有者小笠原村教育委員会 
時代/年代近代/明治10年(1877)
解説文 明治政府は維新後、小笠原諸島の本格的な開拓を進めました。このような状況下で、小笠原開拓碑が明治10年に東京で制作され、船で小笠原に運ばれ建立されました。
 撰文と篆額は、内務卿大久保利通(1830-78)が担当しました。書は明治の著名な書家である、太政官大書記官日下部東作(1838~1922)。彫刻は、小笠原新治碑も作成した谷中の石工広群鶴(?~1917)の手によります。碑文には、小笠原開拓を推進する政府の政策が述べられています。また、文禄2年(1593)の小笠原貞頼による小笠原諸島の発見や、延宝3年(1675)の江戸幕府による調査団のことにも触れています。さらに、貞頼の子孫貞任が渡海を計画したが果たせなかったことなども記されています。
 碑文石は本土から搬入したもので、高さ229cm、正面幅115cm、厚さ47.7cm。島の石を加工したと思われる3段の台石を合わせた総高は365.5cm、最下段の正面幅279cm、奥行215cm。小笠原新治碑とともに、江戸から明治にかけての小笠原開拓史を知る上で貴重な資料です。
所在地小笠原村父島字扇浦 貞賴神社参道
都指定有形文化財(古文書) 小笠原開拓碑 拡大表示

都指定有形文化財(古文書) 小笠原開拓碑

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